今日の午前中、身支度を整えている時に「荷物が来てるよ」と呼ばれました。
よし、今日は届きたてのルドラクシャを付けて行こう!と思って出勤したところ、特に変わった様子もなく。正直、「こんなもん?」と拍子抜けしました。もっと、翡翠の時みたいに分かりやすい変化があると思っていたので。
で、帰ってから調べてみると、どうやらルドラクシャにはいわゆる『PCの起動』みたいな真言(マントラ)を唱えるとか。
真言では、「オーム・ナヴァ・シバーヤ(シヴァ神に帰依します)」と唱えるらしいです。で、唱えてみたところ、確かに何か空気のようなものが変わった気が。
できれば、数珠を手繰りながら108回唱えると良いらしいのですが、私は5回ぐらいでした。
それで、お風呂に入った時に、ルドラクシャを持って行くか迷ったのですが、「ルドラクシャは湿気を好む」とのことで窓辺にでも置いておくかーと湯船に浸かっていると、なんかルドラクシャを置いたところが黄色い……もしかして、これって染料?と思って、洗面器にお湯を張って漬けると、黄色い染料がじわじわと……ぎゃー!
それから、のぼせそうになるまで洗面器の中でジャブジャブ洗いました。何度もお湯を取り変えて。いやー、染料が染み込ませてありますとは書いてあったのですが、こんなに早く落ちるとは。湯上りにタオルで拭いたら、それでもまだ黄色が残っていましたが、湯ざめしそうだったので明日明日!と。
で、お風呂から上がってしばらくしたら、唐突に頭の中に「やれやれ、やっとくつろげるわい」といった、涅槃像のように横になった仏様のような格好の男性が浮かんできました。
もしかして、仏様ですか?→せやで
もしかして、神様ですか?→せやで
……2つの質問をしましたが、どっちもイエスでどっちなんだ……うわ、私の神様、胡散臭すぎ……?という状態に。でも、「仏陀ですか?」の質問には「そんなわけないやろー」でした。
てか、何故関西弁なんですか?と思ったら、そういえばこのルドラクシャを買ったお店は関西圏にあったことを思い出しました。だから関西弁なのか?
そして、「もしかして、染められていたから出て来れなかったのですか?」と聞くと、「うーん……別に出てきてもよかったけどなあ。でもまあ、窮屈ではあったな」とか。その神様か仏様いわく、「染められてるってことは、いうなればずっと正座してるってことなんよ」だそうです。なんとなく分かるような分からんような。
「だいぶ楽になったけどな、まあちょっとずつ洗ってくれればええからな」と言っていました。フランクな神様もあったもんだ。いや、仏様か?数珠のくせに、仏様じゃなくて神様呼びがいいそうです。
また、「何かすごい効力があるって思われてもなあ……そりゃあんた、初対面の人間に『私の願いを叶えてください』って言ってるようなもんやで」と。まあ、その通りかもしれません。
力を貸してくれるにはどうしたらいいですか?と聞くと、「せやなあ。人生楽しく生きることやね。そりゃ、楽しそうに生きてる人間には『おっ、なんかおもろいことやってるな』って思うやろ。祭りと一緒や。人間が楽しそうにしてりゃウチらも楽しいからなあ」だそうです。
なんか、さすがに神様なだけあって、結構確信をついている気がするんですが。関西弁のルドラクシャ……面白いことになりそうです。
よし、今日は届きたてのルドラクシャを付けて行こう!と思って出勤したところ、特に変わった様子もなく。正直、「こんなもん?」と拍子抜けしました。もっと、翡翠の時みたいに分かりやすい変化があると思っていたので。
で、帰ってから調べてみると、どうやらルドラクシャにはいわゆる『PCの起動』みたいな真言(マントラ)を唱えるとか。
真言では、「オーム・ナヴァ・シバーヤ(シヴァ神に帰依します)」と唱えるらしいです。で、唱えてみたところ、確かに何か空気のようなものが変わった気が。
できれば、数珠を手繰りながら108回唱えると良いらしいのですが、私は5回ぐらいでした。
それで、お風呂に入った時に、ルドラクシャを持って行くか迷ったのですが、「ルドラクシャは湿気を好む」とのことで窓辺にでも置いておくかーと湯船に浸かっていると、なんかルドラクシャを置いたところが黄色い……もしかして、これって染料?と思って、洗面器にお湯を張って漬けると、黄色い染料がじわじわと……ぎゃー!
それから、のぼせそうになるまで洗面器の中でジャブジャブ洗いました。何度もお湯を取り変えて。いやー、染料が染み込ませてありますとは書いてあったのですが、こんなに早く落ちるとは。湯上りにタオルで拭いたら、それでもまだ黄色が残っていましたが、湯ざめしそうだったので明日明日!と。
で、お風呂から上がってしばらくしたら、唐突に頭の中に「やれやれ、やっとくつろげるわい」といった、涅槃像のように横になった仏様のような格好の男性が浮かんできました。
もしかして、仏様ですか?→せやで
もしかして、神様ですか?→せやで
……2つの質問をしましたが、どっちもイエスでどっちなんだ……うわ、私の神様、胡散臭すぎ……?という状態に。でも、「仏陀ですか?」の質問には「そんなわけないやろー」でした。
てか、何故関西弁なんですか?と思ったら、そういえばこのルドラクシャを買ったお店は関西圏にあったことを思い出しました。だから関西弁なのか?
そして、「もしかして、染められていたから出て来れなかったのですか?」と聞くと、「うーん……別に出てきてもよかったけどなあ。でもまあ、窮屈ではあったな」とか。その神様か仏様いわく、「染められてるってことは、いうなればずっと正座してるってことなんよ」だそうです。なんとなく分かるような分からんような。
「だいぶ楽になったけどな、まあちょっとずつ洗ってくれればええからな」と言っていました。フランクな神様もあったもんだ。いや、仏様か?数珠のくせに、仏様じゃなくて神様呼びがいいそうです。
また、「何かすごい効力があるって思われてもなあ……そりゃあんた、初対面の人間に『私の願いを叶えてください』って言ってるようなもんやで」と。まあ、その通りかもしれません。
力を貸してくれるにはどうしたらいいですか?と聞くと、「せやなあ。人生楽しく生きることやね。そりゃ、楽しそうに生きてる人間には『おっ、なんかおもろいことやってるな』って思うやろ。祭りと一緒や。人間が楽しそうにしてりゃウチらも楽しいからなあ」だそうです。
なんか、さすがに神様なだけあって、結構確信をついている気がするんですが。関西弁のルドラクシャ……面白いことになりそうです。
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数珠を身に付け始めて一週間は経ったでしょうか。
モテない私に春がやってきました。これにはびっくり。
彼……といっても、まだ彼氏彼女の関係ではないのですが、その人はネット上で数回やりとりをして、私を好きだと言ってくれました。彼も悩んだらしいのですが、どうしても気になって、と。
住所も本名もお互いの顔も知らない関係。それでも、その人は好きだと。正直、恋愛にはかなり保守的な私は悩みました。それで、「いつ、他の人を好きになっても構いませんし、『普通の恋愛』はできないかもしれませんが、友達からでいいならメールから始めましょう」とお返事しました。
しかし、一週間で効果が現れましたか……。これでルドラクシャが届いて身に付けたらどうなっちゃうんだろうと思います。骨製でこの効果ですからね。
それがどうも、私の自分で考えたお祈りがかなり関係しているかと思います。
「生きとし生けるもの、それに、私の命の犠牲になった命が救われますように」と。人間が生きて行くには、命を消費しなくてはなりません。私は、それこそが「人間の原罪」だと思っているので、こういうお祈りにしました。
うちは浄土宗らしいですが、「他力本願」よりは天台宗寄りの考えですね。
ちなみに、ルドラクシャは、清純な心を好むので、肉を食べたりよこしまな考えを持っている人には罰を与えるそうです。でも、ダライ・ラマが言っていたことでは、「私は一時期ベジタリアンでしたが、体を壊してしまい、医者から『元の肉を食べる生活に戻した方が良い』と言われ、肉を食べるようになりました」とのことです。
ですから、あんまり最初から「罰が当たるかもしれない」とドキドキしながら身に付けるよりは「いいことあるといいな」で身に付けた方がいいかと。
でも、私が今回の件で学んだことは、「自分のエゴ(良い生活がしたいとか、素敵な彼氏が欲しいとか)を祈るよりは、他人や生き物の幸福など広い範囲で祈った方が良い結果を出せるのではないか」ということです。実際、私もプログラミングといって、願いを石に転写する作業を行っていた時がありますが、「幸せになりました」「素敵な彼氏ができました」と断定系で言っても、なかなか効果が出ずにいつの間にか止めてしまいました。
そういえば、天皇陛下などは、毎日朝に全ての国民の幸福を祈るそうです。
ダライ・ラマもそうですし、ローマ法王だっておそらくそうでしょう。自分のことより他人のこと、他の生き物のことを祈れば、きっと幸福は後からついてくるのではないでしょうか。
モテない私に春がやってきました。これにはびっくり。
彼……といっても、まだ彼氏彼女の関係ではないのですが、その人はネット上で数回やりとりをして、私を好きだと言ってくれました。彼も悩んだらしいのですが、どうしても気になって、と。
住所も本名もお互いの顔も知らない関係。それでも、その人は好きだと。正直、恋愛にはかなり保守的な私は悩みました。それで、「いつ、他の人を好きになっても構いませんし、『普通の恋愛』はできないかもしれませんが、友達からでいいならメールから始めましょう」とお返事しました。
しかし、一週間で効果が現れましたか……。これでルドラクシャが届いて身に付けたらどうなっちゃうんだろうと思います。骨製でこの効果ですからね。
それがどうも、私の自分で考えたお祈りがかなり関係しているかと思います。
「生きとし生けるもの、それに、私の命の犠牲になった命が救われますように」と。人間が生きて行くには、命を消費しなくてはなりません。私は、それこそが「人間の原罪」だと思っているので、こういうお祈りにしました。
うちは浄土宗らしいですが、「他力本願」よりは天台宗寄りの考えですね。
ちなみに、ルドラクシャは、清純な心を好むので、肉を食べたりよこしまな考えを持っている人には罰を与えるそうです。でも、ダライ・ラマが言っていたことでは、「私は一時期ベジタリアンでしたが、体を壊してしまい、医者から『元の肉を食べる生活に戻した方が良い』と言われ、肉を食べるようになりました」とのことです。
ですから、あんまり最初から「罰が当たるかもしれない」とドキドキしながら身に付けるよりは「いいことあるといいな」で身に付けた方がいいかと。
でも、私が今回の件で学んだことは、「自分のエゴ(良い生活がしたいとか、素敵な彼氏が欲しいとか)を祈るよりは、他人や生き物の幸福など広い範囲で祈った方が良い結果を出せるのではないか」ということです。実際、私もプログラミングといって、願いを石に転写する作業を行っていた時がありますが、「幸せになりました」「素敵な彼氏ができました」と断定系で言っても、なかなか効果が出ずにいつの間にか止めてしまいました。
そういえば、天皇陛下などは、毎日朝に全ての国民の幸福を祈るそうです。
ダライ・ラマもそうですし、ローマ法王だっておそらくそうでしょう。自分のことより他人のこと、他の生き物のことを祈れば、きっと幸福は後からついてくるのではないでしょうか。
また何やら宅配便がいつものように到着する予定ですよ。
回りくどく書きましたが、要するにまた買っちゃったってことです。なんでよ!私にも、何故決済画面を押してしまうのか分かりません。軽度の買い物依存症かも……借金までは行ってないんですけど。
で、今度は何買ったのかというと、ルドラクシャの数珠です。
皆さんにはあまり名前聞いてもぴんと来ないでしょうか?石じゃなくて、木の実です。何でも、シヴァ神の力が宿るといわれ、インド等の仏教の本場の僧侶たちは必ずといっていいほどこの実で作った数珠を提げているそうです。
首に掛けるのはいけない云々は、あくまで日本の文化ですので、海外は首から数珠を提げている僧侶も多いそうで。実際、シヴァ神も、首にネックレスとしてこの実を連ねた数珠を提げている姿が描かれています。
ヒンズーの話では、シヴァ神があらゆる生きとし生けるものが幸福になるにはどうすればいいのかを考え、その慈悲の中でこぼれ落ちた涙からこのルドラクシャ(金剛菩提樹)が生えてきたと言われています。
ルドラクシャは、溝によって呼び名が1面~28面まであり、現在よく流通しているものは4~5面であることが多いようです。これは、高くても5000円ぐらいで数珠が買えます。
ルドラクシャの見た目は、ずばり「梅干しの種」。あれにそっくりです。植物の種ですからね。
ただ、その殻は非常に硬く、ニッパーなどでは切れないほど。金槌で叩いてようやく割れるぐらいの硬さらしいです。
一応、果肉もあるのですが、食用には向いていないそうです。
また、インドでは、ルドラクシャを薬にしたり、水に一晩漬けて、その水を飲むと心臓の病に効くと言われています。しかし、これは危険で、万が一そのルドラクシャをオイルに浸してあったり化学薬品でつやを出したりしていた場合、もっと体調が悪くなることもあり得ます。ので、正式な漢方以外でルドラクシャを飲用したりしないようお願いします。
あー、私、今度は数珠沼ですか、といった感じですね。私の性格上、何かにハマると次々に買い求めてしまうことは分かっていたのですが。
でも、楽しみです~。今度はどんな出会いがあるか、ワクワクしますね!
回りくどく書きましたが、要するにまた買っちゃったってことです。なんでよ!私にも、何故決済画面を押してしまうのか分かりません。軽度の買い物依存症かも……借金までは行ってないんですけど。
で、今度は何買ったのかというと、ルドラクシャの数珠です。
皆さんにはあまり名前聞いてもぴんと来ないでしょうか?石じゃなくて、木の実です。何でも、シヴァ神の力が宿るといわれ、インド等の仏教の本場の僧侶たちは必ずといっていいほどこの実で作った数珠を提げているそうです。
首に掛けるのはいけない云々は、あくまで日本の文化ですので、海外は首から数珠を提げている僧侶も多いそうで。実際、シヴァ神も、首にネックレスとしてこの実を連ねた数珠を提げている姿が描かれています。
ヒンズーの話では、シヴァ神があらゆる生きとし生けるものが幸福になるにはどうすればいいのかを考え、その慈悲の中でこぼれ落ちた涙からこのルドラクシャ(金剛菩提樹)が生えてきたと言われています。
ルドラクシャは、溝によって呼び名が1面~28面まであり、現在よく流通しているものは4~5面であることが多いようです。これは、高くても5000円ぐらいで数珠が買えます。
ルドラクシャの見た目は、ずばり「梅干しの種」。あれにそっくりです。植物の種ですからね。
ただ、その殻は非常に硬く、ニッパーなどでは切れないほど。金槌で叩いてようやく割れるぐらいの硬さらしいです。
一応、果肉もあるのですが、食用には向いていないそうです。
また、インドでは、ルドラクシャを薬にしたり、水に一晩漬けて、その水を飲むと心臓の病に効くと言われています。しかし、これは危険で、万が一そのルドラクシャをオイルに浸してあったり化学薬品でつやを出したりしていた場合、もっと体調が悪くなることもあり得ます。ので、正式な漢方以外でルドラクシャを飲用したりしないようお願いします。
あー、私、今度は数珠沼ですか、といった感じですね。私の性格上、何かにハマると次々に買い求めてしまうことは分かっていたのですが。
でも、楽しみです~。今度はどんな出会いがあるか、ワクワクしますね!
もう2~3年ぐらい前に買ってあったラピスが気になって、付けています。
ラピス……これもやはり人気のある石です。日本では、古くからは「瑠璃」と名付けられ、聖石の一つとされています。
で、うちのリアル友達って、ラピス好きな子多いです。特に女子。うちの職場の女子は皆ラピス好きなようです。
一昔前、パワーストーンという言葉がまだ世に広まっていなかった頃、「願いが叶う幸運の石」として、雑誌に掲載されていた時代があるそうですが、元々はそんなに高価な石ではありません。そりゃ、全部数珠にしてしまうようならば、確かに高価です。でも、現在市場に出回っている安価なラピスは、大抵練り物です。その名の通り、粉末状にした石を練って成形したものですね。ターコイズなんかも同じように練りのことが多いです。
また、染め物も多く、お風呂に入れると色が薄くなってくることがあります。なので、綺麗なまま保ちたい時は水に入れず、逆に元の色に戻したい時は水にさらしてみるといいかもしれません。
私は、ちょっとだけお風呂に入れていた時期がありました。すると、白い部分が浮かび上がってきたんですね。これは、方解石といって、ラピスを構成する石の一つです。しかし、見た目が良くないということで染められている場合が多いです。
しかし、逆に白い部分や金色の部分(パイライト)がよく見えるラピスは本物である可能性が多いと言えます。石屋の目線で考えてみてください。あなたがラピスの偽物を作るとしたら、わざわざ見た目の悪くなる白い部分を入れるでしょうか?
私のラピスは、5mmくらいの小さい珠に、水晶がずらーっと並んでいます。水晶の方が圧倒的に多いブレスレットです。だから、本当にラピスなのか、それともソーダライト(ラピスに良く似た石)なのかよく分かりません。でも、一部にパイライトや方解石が見られるので、多分ラピスと言っていいだろうと思っています。
最近のパワスト業界では、「ラピスは試練の石」と言われています。自分を成長させるための試練を課す、という話ですが、私が付けている限りではそういうことはありません。だいたい、小さな試練とは日常的に起こっているものだと思います。その人がそれを試練と思うかどうかという話ではないでしょうか。それを石のせいにするのもなんだかなーと思いますよ。
人間、生きていて世俗の荒波に揉まれている人が一番強いのです。パワーストーンは、それを助けてくれるだけで、パワーストーンや他のスピリチュアル系のグッズを身に付けているからといって持病などの薬や医者に行かなくていいという話ではありません。体が不調なら、祈ったり開運グッズに頼ったりする前に医者に行くでしょう。それが、正しい生き方です。
ただ、自分ではどうにもできないような、全てに絶望してしまうような時、パワーストーンなどを身に付けてみてください。きっと、事態は良くなるはずです。そういう時、石やお守りなどの力が必要とされるのです。
大丈夫です。神様や仏様は、臨終の際にもあなたを助けてくれます。たとえ、あなたが神や仏を信じなくても。そういう風に世の中はできているのですよ。
ラピス……これもやはり人気のある石です。日本では、古くからは「瑠璃」と名付けられ、聖石の一つとされています。
で、うちのリアル友達って、ラピス好きな子多いです。特に女子。うちの職場の女子は皆ラピス好きなようです。
一昔前、パワーストーンという言葉がまだ世に広まっていなかった頃、「願いが叶う幸運の石」として、雑誌に掲載されていた時代があるそうですが、元々はそんなに高価な石ではありません。そりゃ、全部数珠にしてしまうようならば、確かに高価です。でも、現在市場に出回っている安価なラピスは、大抵練り物です。その名の通り、粉末状にした石を練って成形したものですね。ターコイズなんかも同じように練りのことが多いです。
また、染め物も多く、お風呂に入れると色が薄くなってくることがあります。なので、綺麗なまま保ちたい時は水に入れず、逆に元の色に戻したい時は水にさらしてみるといいかもしれません。
私は、ちょっとだけお風呂に入れていた時期がありました。すると、白い部分が浮かび上がってきたんですね。これは、方解石といって、ラピスを構成する石の一つです。しかし、見た目が良くないということで染められている場合が多いです。
しかし、逆に白い部分や金色の部分(パイライト)がよく見えるラピスは本物である可能性が多いと言えます。石屋の目線で考えてみてください。あなたがラピスの偽物を作るとしたら、わざわざ見た目の悪くなる白い部分を入れるでしょうか?
私のラピスは、5mmくらいの小さい珠に、水晶がずらーっと並んでいます。水晶の方が圧倒的に多いブレスレットです。だから、本当にラピスなのか、それともソーダライト(ラピスに良く似た石)なのかよく分かりません。でも、一部にパイライトや方解石が見られるので、多分ラピスと言っていいだろうと思っています。
最近のパワスト業界では、「ラピスは試練の石」と言われています。自分を成長させるための試練を課す、という話ですが、私が付けている限りではそういうことはありません。だいたい、小さな試練とは日常的に起こっているものだと思います。その人がそれを試練と思うかどうかという話ではないでしょうか。それを石のせいにするのもなんだかなーと思いますよ。
人間、生きていて世俗の荒波に揉まれている人が一番強いのです。パワーストーンは、それを助けてくれるだけで、パワーストーンや他のスピリチュアル系のグッズを身に付けているからといって持病などの薬や医者に行かなくていいという話ではありません。体が不調なら、祈ったり開運グッズに頼ったりする前に医者に行くでしょう。それが、正しい生き方です。
ただ、自分ではどうにもできないような、全てに絶望してしまうような時、パワーストーンなどを身に付けてみてください。きっと、事態は良くなるはずです。そういう時、石やお守りなどの力が必要とされるのです。
大丈夫です。神様や仏様は、臨終の際にもあなたを助けてくれます。たとえ、あなたが神や仏を信じなくても。そういう風に世の中はできているのですよ。
なんかすっかり仏教ブログになってますね……まあ、これもマイブームってやつですから。
さて、仏教とキリスト教、二つを私が調べていて分かったのですが、キリスト教は理想主義、対して仏教は現実主義のような気がします。
キリスト教は、「神はいらっしゃいます。全ての物事は神が人間に与えた恵みなのです」という感じですが、仏教は「いや、確かに仏陀とか偉い人はいるけど、別に仏陀が穀物や家畜を育ててるわけじゃないから。それは自然やあんたたちが自力でやったことだから」という感じに思えましたね。
とある仏教サイトさんでは、「仏教のお祈りとはどうしたらいいのですか?」という質問に対して「実は祈りの文句等はあんまり必要ではありません。たとえば、あなたがお母さんのお金で新車を買ったとしましょう。それで、神様に『あなたのおかげです』と祈るのは変でしょう?まず、お母さんに感謝するべきですよね。そういう、当たり前なことが仏教の『祈り』です」という答えをしていました。なるほど、仏教は徹底した合理主義というのはこういう感じなんですね。
石ブログだということを忘れないために、石のことも書いておこうと思います。
最近、あんまりアクセサリージャラジャラ付けてるのもなんだなあ、と考えて、思い切って色々付けていたアクセサリーを外しました。
ピアスは、穴が塞がるといけないので外しませんが、ネックレスとか……。私は、ネックレスに何個もペンダントヘッドを付けていたのですが、それを外してしまって、必要かどうかを見極めたいと思います。
それと、ローズクォーツは結局外しました。指への色移りが原因です。その色移りも、3日ぐらいかけてタオルでごしごしして取れました。
で、代わりに登場したのが、何故か今になってころんと出てきた、なくなったと思っていたルビーです。バッグの整理をしていたら、奥の方から出てきました。私、バッグに入れた覚えはないんですけど……。
で、それがあんまり綺麗に見えるので、ペンダントのルビーの代わりに指輪として身に付けることにしました。多分、これも運命。って、せっかく整理したのにまた付けんなや!って感じですが。
いいんです。付けたいと思った時が付けごろ。皆さんも、「なんとなくこの石が呼んでる気がする」という時は是非身に付けてみましょう。何か変わるかもしれませんよ。
そうそう、それと、以前このブログで「数珠は一万円などもってのほか」と書きましたが、訂正します。材料による。それだけです。
金とか銀とかパール、瑠璃(ラピス)などは、一万どころかそれ以上するものもあるそうです。貝やメノウはちょっと我慢して買う程度のお値段。一番手っ取り早いのは水晶だそうで。
木製は、今香木が取れなくなってきていて、値段が上がっているそうです。それ以外は、資料不足で分かりません……。「なんだ、右川使えねーな」と思わず、今後また勉強しますから勘弁してくだされ。
でも、お坊さんに人気なのは、星月菩提樹という木の数珠だそうです。使いこむと何とも言えない飴色になるそうで、そういう使えば使うほど味が出るものを「数珠を育てる」と言うそうです。修行中、なけなしのお金をはたいて買った数珠を、自分で育てて行くのがお坊さんたちの密かな楽しみだとか。
さて、仏教とキリスト教、二つを私が調べていて分かったのですが、キリスト教は理想主義、対して仏教は現実主義のような気がします。
キリスト教は、「神はいらっしゃいます。全ての物事は神が人間に与えた恵みなのです」という感じですが、仏教は「いや、確かに仏陀とか偉い人はいるけど、別に仏陀が穀物や家畜を育ててるわけじゃないから。それは自然やあんたたちが自力でやったことだから」という感じに思えましたね。
とある仏教サイトさんでは、「仏教のお祈りとはどうしたらいいのですか?」という質問に対して「実は祈りの文句等はあんまり必要ではありません。たとえば、あなたがお母さんのお金で新車を買ったとしましょう。それで、神様に『あなたのおかげです』と祈るのは変でしょう?まず、お母さんに感謝するべきですよね。そういう、当たり前なことが仏教の『祈り』です」という答えをしていました。なるほど、仏教は徹底した合理主義というのはこういう感じなんですね。
石ブログだということを忘れないために、石のことも書いておこうと思います。
最近、あんまりアクセサリージャラジャラ付けてるのもなんだなあ、と考えて、思い切って色々付けていたアクセサリーを外しました。
ピアスは、穴が塞がるといけないので外しませんが、ネックレスとか……。私は、ネックレスに何個もペンダントヘッドを付けていたのですが、それを外してしまって、必要かどうかを見極めたいと思います。
それと、ローズクォーツは結局外しました。指への色移りが原因です。その色移りも、3日ぐらいかけてタオルでごしごしして取れました。
で、代わりに登場したのが、何故か今になってころんと出てきた、なくなったと思っていたルビーです。バッグの整理をしていたら、奥の方から出てきました。私、バッグに入れた覚えはないんですけど……。
で、それがあんまり綺麗に見えるので、ペンダントのルビーの代わりに指輪として身に付けることにしました。多分、これも運命。って、せっかく整理したのにまた付けんなや!って感じですが。
いいんです。付けたいと思った時が付けごろ。皆さんも、「なんとなくこの石が呼んでる気がする」という時は是非身に付けてみましょう。何か変わるかもしれませんよ。
そうそう、それと、以前このブログで「数珠は一万円などもってのほか」と書きましたが、訂正します。材料による。それだけです。
金とか銀とかパール、瑠璃(ラピス)などは、一万どころかそれ以上するものもあるそうです。貝やメノウはちょっと我慢して買う程度のお値段。一番手っ取り早いのは水晶だそうで。
木製は、今香木が取れなくなってきていて、値段が上がっているそうです。それ以外は、資料不足で分かりません……。「なんだ、右川使えねーな」と思わず、今後また勉強しますから勘弁してくだされ。
でも、お坊さんに人気なのは、星月菩提樹という木の数珠だそうです。使いこむと何とも言えない飴色になるそうで、そういう使えば使うほど味が出るものを「数珠を育てる」と言うそうです。修行中、なけなしのお金をはたいて買った数珠を、自分で育てて行くのがお坊さんたちの密かな楽しみだとか。

