毎日猛烈な暑さが続きますね。
さて、石って汗や水に弱い石は、アクセサリーとして身に付けていると変質したりします。先日買ったラピスラズリがそうですね。なんだか、毎日身に付けていたところ、ひび割れが増えたような……。
逆に、皮脂などで味の出る石もあります。私が身に付けているものでは翡翠がそうです。確かに、買った時より透明感が出てきたような。
天珠なんかだと、古い物は超高額になりますので、古代風に作った天珠をチベット人に数カ月身につけさせて味を出したものを売る、ということもあるそうです。はっきり現代天珠と明記してあるならいいのですが、それを古代天珠と偽って売ることもあるそうで。
さて、昨日、夢の中で私はとある人たちのケンカを止めていたのですが、とばっちりで殴られたり蹴られたりして、それでも何故か「私は今、ザック(ザッケローニ監督)。選手を止めているザック」と思いこんでいました。
それで、殴られたり蹴られたりしながら「はいはい止めてね」と仲裁していたところ、「どうして怒らないの?」と女性の声が。それに対して、夢の中の私は「だって私は今、ザックだから」ときっぱり言い放ったのです。
何故サッカーそんなに興味ないのにザックが出てきたのかも良く分からないのですが、その女性の声というのが石ではないかと思いました。多分、女性ということで翡翠のお姫様かと。
ということは、石って夢の世界を共有できるのではないでしょうか、と定義してみます。
そういえば、このブログを読んでくれている方が、「私は夢の中で石の名前を訂正されました」という経験をなさっていたのですが、石と夢って連動しているのでしょうね。
科学的には、夢というのはいわゆる脳のデフラグ作業。脳の中の情報を整理整頓する作業中なのですが、だからストーリーのない唐突に場面が変わる夢を見たりするそうです。
ストーリー性のある夢というのは、起きた後に夢を思い出す時に整理整頓された脳を使うので、ストーリーがあるように思えるとのこと。
ちなみに、夢は普通モノクロだといいますが、私が聞いてみた限りでは、皆「えー、色あるよ?」と言います。私の見る夢もフルカラーです。石にハマってからは、石屋の夢を見たり、デパートのようなところでは必ずアクセサリーショップを探したりしています。
まあ、これも現実の癖と一緒かもしれません。現実でも、私は行きつけのショッピングモールでは石屋をチェックすることを忘れませんしね。
そうそう、今、翡翠に「夢に出てきたのってあなた?」と確認したら、「そうよ」と言われました。ちなみに、他の石たちに確認してみたら、「出てないよ」とのことで、夢の中の声は翡翠で間違いなさそうです。
「石の記憶」というサイトさんでは、翡翠は「夢は必ず現実にできる」ということを示しているそうです。
しかし、現実というものは、脳が作りだした幻想の産物です。たとえば、目の見えない人にとっては「見えない」ということが現実でしょうし、もっと極端に言えばドラッグなどをきめた人にとっては幻覚なども現実でしょう。
そう考えると、夢と現実の境目って案外曖昧なのかもしれません。有名な言葉に、「人の想像できることは全て現実になりえる」というものがありますが、そんなもんですね。
さて、石って汗や水に弱い石は、アクセサリーとして身に付けていると変質したりします。先日買ったラピスラズリがそうですね。なんだか、毎日身に付けていたところ、ひび割れが増えたような……。
逆に、皮脂などで味の出る石もあります。私が身に付けているものでは翡翠がそうです。確かに、買った時より透明感が出てきたような。
天珠なんかだと、古い物は超高額になりますので、古代風に作った天珠をチベット人に数カ月身につけさせて味を出したものを売る、ということもあるそうです。はっきり現代天珠と明記してあるならいいのですが、それを古代天珠と偽って売ることもあるそうで。
さて、昨日、夢の中で私はとある人たちのケンカを止めていたのですが、とばっちりで殴られたり蹴られたりして、それでも何故か「私は今、ザック(ザッケローニ監督)。選手を止めているザック」と思いこんでいました。
それで、殴られたり蹴られたりしながら「はいはい止めてね」と仲裁していたところ、「どうして怒らないの?」と女性の声が。それに対して、夢の中の私は「だって私は今、ザックだから」ときっぱり言い放ったのです。
何故サッカーそんなに興味ないのにザックが出てきたのかも良く分からないのですが、その女性の声というのが石ではないかと思いました。多分、女性ということで翡翠のお姫様かと。
ということは、石って夢の世界を共有できるのではないでしょうか、と定義してみます。
そういえば、このブログを読んでくれている方が、「私は夢の中で石の名前を訂正されました」という経験をなさっていたのですが、石と夢って連動しているのでしょうね。
科学的には、夢というのはいわゆる脳のデフラグ作業。脳の中の情報を整理整頓する作業中なのですが、だからストーリーのない唐突に場面が変わる夢を見たりするそうです。
ストーリー性のある夢というのは、起きた後に夢を思い出す時に整理整頓された脳を使うので、ストーリーがあるように思えるとのこと。
ちなみに、夢は普通モノクロだといいますが、私が聞いてみた限りでは、皆「えー、色あるよ?」と言います。私の見る夢もフルカラーです。石にハマってからは、石屋の夢を見たり、デパートのようなところでは必ずアクセサリーショップを探したりしています。
まあ、これも現実の癖と一緒かもしれません。現実でも、私は行きつけのショッピングモールでは石屋をチェックすることを忘れませんしね。
そうそう、今、翡翠に「夢に出てきたのってあなた?」と確認したら、「そうよ」と言われました。ちなみに、他の石たちに確認してみたら、「出てないよ」とのことで、夢の中の声は翡翠で間違いなさそうです。
「石の記憶」というサイトさんでは、翡翠は「夢は必ず現実にできる」ということを示しているそうです。
しかし、現実というものは、脳が作りだした幻想の産物です。たとえば、目の見えない人にとっては「見えない」ということが現実でしょうし、もっと極端に言えばドラッグなどをきめた人にとっては幻覚なども現実でしょう。
そう考えると、夢と現実の境目って案外曖昧なのかもしれません。有名な言葉に、「人の想像できることは全て現実になりえる」というものがありますが、そんなもんですね。
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