どうも納得のいかない聖書の描写を読んでいたら、mixiのカトリックコミュに面白いQ&Aページが紹介されていました。
たとえば、ノアの洪水だったり、イスラエルの虐殺を正当化していたり、そういうことをする神様に納得がいきません!という疑問の答えが、「ですよねー」だったりしました。ここで、ちょっとぶはっときてしまった私。でも、「それは、神様がご自分でなさったわけではなく、後々に自分の都合の良いように編集してしまった記者に罪がある」だそうです。なんとなく、なっとくー!
それと、女性は教会で喋ってはいけないのですか?という疑問には、「聖パウロの話ですね。しかし、パウロ自身も女性の扱いにはかなり迷っている描写もあり、女性は家の持ち物であるという風潮の当時としては画期的な考え方の持ち主だったんですよ」とのこと。
今は、女性もバンバン話していいそうですし、寄付金のことにも触れられています。中には、寄付金によって人への態度を変える牧師もいるそうで、「キリスト教も大変やねえ」と思ってしまいました。
まあ、ここのところはお寺でも同じですね。「生臭坊主」なんて言葉もありますし。
あと、調べて行くにつれて、どうもマザー・テレサ周辺にきな臭い雰囲気があるぞと思ったのですが、マザーも自分自身で「私は偽善者だ」と言っていたようですし。お言葉も、twitterのbotで流れてくるようなものはかなり美化されていて当然なので、そんなにがっかりしませんでした。
それと、最近瀬戸内寂聴のbotもフォローし始めたのですが、彼女はダメ男ばかりと付き合ってしまうという倉田真由美に対して「でもしょうがないじゃない、そんな男が好きなんだから」とコロコロ笑ったといいます。
また、「相談されたら、まず聞くことです。さえぎったりせず、ちゃんと聞くことのできる人のところに人は集まるものです」というお言葉もあり、かなりタメになっています。
人は悩んでいる時に宗教に走るといいますが、私もかなり走ってしまっていますね。しかも、複数の宗教をかけもちという。でもまあ、「お布施」なんかはしていませんし(製品を買ったりはしていますが)、お寺や教会に出向いたりもしていないので、軽い度合いだと思っていますが。でも、ロザリオは好きなの。ロザリオの魅力にはついついお財布のひもが緩みます。私の場合、石集めと同じような感覚でロザリオやメダイを買っていますね。
たとえば、ノアの洪水だったり、イスラエルの虐殺を正当化していたり、そういうことをする神様に納得がいきません!という疑問の答えが、「ですよねー」だったりしました。ここで、ちょっとぶはっときてしまった私。でも、「それは、神様がご自分でなさったわけではなく、後々に自分の都合の良いように編集してしまった記者に罪がある」だそうです。なんとなく、なっとくー!
それと、女性は教会で喋ってはいけないのですか?という疑問には、「聖パウロの話ですね。しかし、パウロ自身も女性の扱いにはかなり迷っている描写もあり、女性は家の持ち物であるという風潮の当時としては画期的な考え方の持ち主だったんですよ」とのこと。
今は、女性もバンバン話していいそうですし、寄付金のことにも触れられています。中には、寄付金によって人への態度を変える牧師もいるそうで、「キリスト教も大変やねえ」と思ってしまいました。
まあ、ここのところはお寺でも同じですね。「生臭坊主」なんて言葉もありますし。
あと、調べて行くにつれて、どうもマザー・テレサ周辺にきな臭い雰囲気があるぞと思ったのですが、マザーも自分自身で「私は偽善者だ」と言っていたようですし。お言葉も、twitterのbotで流れてくるようなものはかなり美化されていて当然なので、そんなにがっかりしませんでした。
それと、最近瀬戸内寂聴のbotもフォローし始めたのですが、彼女はダメ男ばかりと付き合ってしまうという倉田真由美に対して「でもしょうがないじゃない、そんな男が好きなんだから」とコロコロ笑ったといいます。
また、「相談されたら、まず聞くことです。さえぎったりせず、ちゃんと聞くことのできる人のところに人は集まるものです」というお言葉もあり、かなりタメになっています。
人は悩んでいる時に宗教に走るといいますが、私もかなり走ってしまっていますね。しかも、複数の宗教をかけもちという。でもまあ、「お布施」なんかはしていませんし(製品を買ったりはしていますが)、お寺や教会に出向いたりもしていないので、軽い度合いだと思っていますが。でも、ロザリオは好きなの。ロザリオの魅力にはついついお財布のひもが緩みます。私の場合、石集めと同じような感覚でロザリオやメダイを買っていますね。
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