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2017/05/30 14:31 |
数珠についてつらつらと
「最近ロザリオとか数珠はどうしたよ?」という声が聞こえてくるのですが、最近、なんとなく付けたくなってボーンビーズの数珠を付けました。

 ルドラクシャは外してしまいましたねえ……。それも、「なんとなく」です。でも、この業界「なんとなく」が強い意味を持っていることもあるので、私はこれでいいと思っています。ルドラクシャって見ているだけでもいいって言いますしね。

 ボーンビーズとか、本革とか、動物由来のものって「良くない」と言われることがありますが、私はそんなことないと思います。だって、そんなこと言ったら植物由来も生き物の一部なんだからダメっていう話になるでしょう。
 石だって、真珠は貝を殺して採られるからダメって話は聞いたことありません。要は、「ダメって言っておいた方がそれっぽいから」という売る方ののエゴだと思いますよ。
 まあ、エゴを全て否定するわけではありませんが、無駄に不安にさせることもないと私は考えていますね。

 どうしても気になるという人は、「あなたの死は無駄にはしません。私の一部となってください」と唱えるといいでしょう。実際、私はそうしています。そうすると、光のエネルギーが外からボーンビーズの中に入ってくる感じがあります。また、ボーンビーズも心なしか嬉しそうな感じもします。

 まあ、この数珠はチベット密教由来なので、本来は使い方が違うと思うのですが、一応私は1日に5回くらい「南無阿弥陀仏」を唱えます。「数取り」といって、指で数珠の珠を手繰りながら唱えるのが数珠の使い方なのですが、このビーズ、どこが切れ目なのか見ながらでないとよく分かりません。
 でも、数珠って持っているだけで徳が上がるらしく、また、自分の身代りともなってくれるといいます。数珠は自分の半身であり、また、大切にするべき聖具でもあるのです。

 しかし、僧侶の間では、「数珠は計りのような道具」と割り切っている人も少なくありません。まあ、数珠を沢山持っている本職の僧侶は、どれをメインにしたらいいのか分からないので、そうなるのかもしれませんね。でも、僧侶の中でも、多分「これが一番しっくりくる」というお気に入りがあると思います。ここのところ、パワーストーンと変わらない気がしますよ。
 
 ただ、数珠って紐製かゴム製なので、汚れても洗えないんですよね。
 前回書いたお手入れの方法は、金属製の場合のお手入れ法です。今流行っているブレスレットなんかは、水に付けてはいけません。ゴムが傷んでしまいます。
 じゃあどうすればいいのかという話ですが、汚れが気になる場合は濡れた布で一粒一粒を磨くように拭いてあげると良い感じです。後は、こまめに浄化すればすっきりです。
 数珠の場合、浄化はあまり必要ありませんが、やはり濡れた布で拭いてあげるといいですね。やっぱり、日本人は清潔を求めますから。

 さて、仏教界でもずっと議論の対象になっている「数珠を首に掛けるのはどうか」ということですが、私は「問題ない」と思っています。
 だって、成り立ちから言ってしまえば、化粧は娼婦が始めた文化ですよ。ブレスレットやネックレスなども、奴隷に付加価値を付けるためのものですし。だからといって化粧やアクセサリーを否定しますか?しないでしょう。
 「罪人が首に数珠を掛けていたからダメ」というのは、もはや昔の話だと思います。今でも、真言宗はうるさく言うようですが、他の宗派の僧侶は首に掛けていますし、外国なんかでは首に掛けるのが当たり前という文化もあります。ヒンズーなどは、ルドラクシャを首に掛けたシヴァ神の図なども描かれていますしね。
 オシャレで数珠を付けるのもオッケー。首に掛けるのも好きにしたらいい。私はそんな考えでしょうかねー。

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2013/07/21 00:50 | Comments(0) | 宗教・伝承
自殺は損するよ?
 何日か前に、とある石ブログさんが「ブログのおわり」を宣言しました。

 そこのブログの文章が好きで、更新がなくなっても、「いつか戻ってきてくれるのでは?」と思いながらの日々でした。
 でも、ブログで「このブログはこれでおしまいにします」と発言するのはどんなに悩んだことでしょうか。

 しかし、そのブログの最後の記事では、「たとえば、ブログはノートみたいなものだと思ってください。全部のページが埋まって、『できた!』という満足感。あれが私は好きなんです」と。
 「だから、ブログも最終回はきちんとお伝えしようと思っていました。だらだらと白紙の時間を伸ばすより、潔くすっぱり更新を止められたらいいでしょうし」とおっしゃっていました。
 
 でも、その方は一回復帰なさっているんですよね。だから、私もまた「いつか、また帰ってきてくれるのではないだろうか」と思いながら、ブックマークを外せずにいます。
 私の知り合いは、酷い人になると勝手に自分の命を絶ってサイトを電子の海に投げ込んでそのままの人もいました。
 酷い人というのは違うかな。でも、私はその人が人間として好きでした。だから、サイトの更新期限が切れてサイトが消えても、まだ信じられなくてブックマークに置いてあったりします。

 その人もパワーストーン関連で、同じ病気を持っている人でしたから、メールのやり取りはしていました。
 すごく博識な人で、当時パワーストーン初心者の私のつたない質問にも丁寧な文章で返してくれる人でした。今の私のパワーストーンに対する接し方は、その人が根源になっているのかもしれません。

 私は、きっとその人のようにはなれないんだろうな、と思います。
 でも、それでいいのかな。その人が一番最初に教えてくれたことは、「パワーストーンは、ウエブの図鑑などで石だけを見て、『あ!これだ!』という石が一番いいんですよ。効果は2の次でいいんです」ということでした。
 はは、そのまんま私のスタンスになっていますね。まあ、それでも私はパワーみたいなものは感じられると思うのですが。

 しかしです。今、自殺を考えているあなたは、考え直してください。

 最近、無修正の死体画像を見る機会があったのですが、「いつかは私もこうなるのかもしれない」という心が宿りました。水死体の画像だったんですけどね。あれを見てから、女子高生コンクリ事件と同じような食欲の低下が見られました。あんなに好きだった夜食のカップ麺も、食べられずに積まれていくだけです。

 畳の上で、綺麗な死体として処理されるのはまだいいです。事故などで頭がつぶれたり、「現実はもっと酷い」とされる遺体、亡くなって数日してから見つかった遺体などは、正直遺族の人でも辛いと思います。「ご家族ですか?」と聞かれても、分かるわけはありません。しかし、警察も死体を片付ける人は、3日くらい匂いがきえないそうです。

 私は、いつ死んでもおかしくありません。
 だけど、両親に深い傷を残して自分だけのうのうと逝くのは、生活保護を受けるよりもっと罪深いことだと思います。有名メンヘラー日記さんでは、死後にお母様からサイトの管理人にお手紙をいただいたそうです。
 それには、一年も二年も朝飛び起きては「暁ー!暁ー!(嬢ちゃんのハンネ)」と泣き叫んで目が覚めたそうです。そう考えると、せめて親が死なないうちは生きていなくちゃなと思います。

 正直、うちの母は私を溺愛することもあるので、立ち直れないのではないかと想像してしまうのです。
 親より生きる、それが私の目標でしょうかね。

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2013/06/26 02:19 | Comments(0) | 宗教・伝承
神様の性器?
 ダイヤが無事届いて、「これでもう当分石はいいかな」と思っていました。

 いました(過去形)。

 はい、毎度のことながら石沼に飲まれてますよ。もうこれ、一生抜け出せないような気がしてきました……。
 注文したのは、ずばり「シバリンガム」です。

 シバリンガム、と言っても「?」とピンと来ない人の方が多いと思います。
 説明しますと、シバ=ヒンズーの3神の一人、シヴァ神 リンガム=男性器 要するに、「シヴァ神の性器」という意味ですね。

 ここまで書くと、「まあ!性器なんて!」という人もいるかと思いますが、神様の性器なので、ご霊験あらたか。そのまま、子宝に恵まれるとか、男性性と女性性のバランスを保つなんて話もあります。

 形はというと、卵型で、一見「これが性器?」と思える形です。でも、ヒンズー教徒の寺院などでは、シヴァ神の男性器とパールヴァティの女性器を表わした「夫婦和合」ひいては「全ての和合・平和の象徴」を意味するということで、古くから信仰の対象とされてきました。

 使い方は色々。そのまま置き物にして部屋をヒーリングしたり、実用的なところではマッサージワンドに使ったりします。
 ちなみに、卵型を見て「おいおい!大人のオモチャじゃねーか!」と思った人はある意味当たっています。古代ヒンズーでは、花嫁のヴァージンをこのリンガで奪う=神との結婚 という使用方法もあったのです。「大人のおもちゃって?」という純粋無垢なあなたは、そのままで結構。

 もちろん、今ではそんな使い方もなりをひそめました。しかし、性欲は人間の3大欲求。子孫繁栄にはなくてはならないものです。ということで、今でもシヴァリンガムは特別な意味を持っているのです。

 だからって現在のシヴァリンガムを女性器に入れたり肛門に入れたりしないように。異物を入れて取れなくなった患者が医者に来るのはよくある話だそうです。あくまでマッサージワンド的な使い方にとどめておくようにしてくださいね。

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2013/06/24 21:18 | Comments(0) | 宗教・伝承
数珠の房が・・・取れた!
 「えっ、こんな時間に!?」という時間に発送メールが届きました。

 まあ、私には珍しく石関連ではないのですが。ペット関連です。新しいペットが来るのですよ……うふふ。あれ?魚類はペットじゃない?
 そんな時はwiki先生です。ふーむ。動物だけでなく、愛玩する、伴侶にする生き物全般をペットと呼ぶそうです。

 そういえば、今日、ルドラクシャの数珠の房が取れましたー!ぎゃー!
 まあ、現在流通している物の中には、「腕輪念珠」といって房のないものも仏具店で取り扱っていたりします。だから、別に房があるとかないとかで変わるわけではないのですが……でも、ショックはショックですね。

 そうそう。腕輪念珠ですが、「房のある本格的な数珠はファッションなどに合わないし、でも数珠風ブレスレットもなんか本当に効くの?って感じだし」という人にお勧めです。一応、片手数珠の形ですが、ちゃんと親玉とかあります。で、房はなし。扱い方は、普通の数珠と同じです。まあ、必要最低限の敬意を払っていればなんとかなりますよ、ってことですかね。

 入手方法は、最近では仏具店にも売っています。まだ本格的な仏具店をくぐるのはちょっと……という人のために通販でも取り扱っていることが多いですよ。
 ああ、でも、いくら「念珠」とついているからといってそれをお葬式に持って行ったりしてはいけません。お葬式って、結構皆が数珠を見ているものです。普通の数珠風ブレスレットに間違われて「ひそひそ」されたりするので、お葬式などの場には普通の数珠を用意した方がいいでしょう。

 そういえば、数珠の4天玉って宗派によって違うんですね。うちは、まだ正式には浄土宗なのか浄土真宗なのか分かりませんが、浄土宗は独特の腕輪を2個繋げて∞みたいな形になっていますし、浄土真宗に至っては数珠は要りません。
 つまり、正式な形って分かりようがないじゃんってことです。うう……この際、四天玉は無視するか……せっかく天珠出てきたけど。
 
 ちなみに、ブレスレットなら買ったお店で、数珠なら大手の仏具屋で、切れてもゴムや紐を交換できます。その際にいくらかかかるかもしれませんが、そんなに大した金額ではないかと。
 でもまあ、せっかくですし、自分で直してみるのもアリですよ。自分で直せると、今度から「この石のこういう形のブレスレットが欲しい」とか思った時に自分で作れたりしますしね。
 
 そうそう。ロザリオは教会で神父様に祈っていただくと聖品となるといいますが、数珠にも住職に祈っていただくことができます。
 まあ、大抵の仏教は「ソロバンや電卓に祈っているのと一緒」という考えらしいですが、とりあえずは祈ってもらえるらしいです。その際には、礼儀として300円くらいをお渡しすればいいかと。「300円?足りねーよ」って顔をする坊さんは生臭ですので。 

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2013/06/01 00:54 | Comments(0) | 宗教・伝承
幸福に繋がるのは他人への幸せを祈ること
 数珠を身に付け始めて一週間は経ったでしょうか。

 モテない私に春がやってきました。これにはびっくり。
 彼……といっても、まだ彼氏彼女の関係ではないのですが、その人はネット上で数回やりとりをして、私を好きだと言ってくれました。彼も悩んだらしいのですが、どうしても気になって、と。

 住所も本名もお互いの顔も知らない関係。それでも、その人は好きだと。正直、恋愛にはかなり保守的な私は悩みました。それで、「いつ、他の人を好きになっても構いませんし、『普通の恋愛』はできないかもしれませんが、友達からでいいならメールから始めましょう」とお返事しました。

 しかし、一週間で効果が現れましたか……。これでルドラクシャが届いて身に付けたらどうなっちゃうんだろうと思います。骨製でこの効果ですからね。

 それがどうも、私の自分で考えたお祈りがかなり関係しているかと思います。
 「生きとし生けるもの、それに、私の命の犠牲になった命が救われますように」と。人間が生きて行くには、命を消費しなくてはなりません。私は、それこそが「人間の原罪」だと思っているので、こういうお祈りにしました。
 うちは浄土宗らしいですが、「他力本願」よりは天台宗寄りの考えですね。

 ちなみに、ルドラクシャは、清純な心を好むので、肉を食べたりよこしまな考えを持っている人には罰を与えるそうです。でも、ダライ・ラマが言っていたことでは、「私は一時期ベジタリアンでしたが、体を壊してしまい、医者から『元の肉を食べる生活に戻した方が良い』と言われ、肉を食べるようになりました」とのことです。
 ですから、あんまり最初から「罰が当たるかもしれない」とドキドキしながら身に付けるよりは「いいことあるといいな」で身に付けた方がいいかと。

 でも、私が今回の件で学んだことは、「自分のエゴ(良い生活がしたいとか、素敵な彼氏が欲しいとか)を祈るよりは、他人や生き物の幸福など広い範囲で祈った方が良い結果を出せるのではないか」ということです。実際、私もプログラミングといって、願いを石に転写する作業を行っていた時がありますが、「幸せになりました」「素敵な彼氏ができました」と断定系で言っても、なかなか効果が出ずにいつの間にか止めてしまいました。

 そういえば、天皇陛下などは、毎日朝に全ての国民の幸福を祈るそうです。
 ダライ・ラマもそうですし、ローマ法王だっておそらくそうでしょう。自分のことより他人のこと、他の生き物のことを祈れば、きっと幸福は後からついてくるのではないでしょうか。

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2013/05/28 00:27 | Comments(0) | 宗教・伝承

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